1927年シュナイダートロフィーレースの英国高速機に関する技術報告集(Collected Reports in British High Speed Aircraft for the 1927 Schneider Trophy Contest) 序文 非公式翻訳


 

航空研究委員会

Aeronautical Research Committee

 

1927年シュナイダートロフィーレースの英国高速機に関する技術報告集

Collected Reports in British High Speed Aircraft for the 1927 Schneider Trophy Contest

 

January 1931

W. L. Cowley, A. R. C. Sc.による序文

日本語化ver1.0 acha_pi

 

 

A)はじめに

1927年のシュナイダートロフィーレースに向けて行われた幅広い研究に関して、航空研究委員会(Aeronautical Research Committee)は一般的な航空機及び高速機の設計に対して非常に価値のあるものと判断し、英国空軍省(Air Ministry)及び関係企業に対して研究成果の取りまとめを依頼した。すべての関係企業や研究所から同意を得られたため、本誌にまとめるものとする。

              事業において大人数が関係するとき、取り組みの全容を把握するのは不可能ではないが、しばしば難しいことである。口頭で指示されたり、当時の製造手法や設計の背景などに関する詳細な報告書が作成されないまま部品が製作されたりしたことも多々あったはずである。本報告書の作成においてこのようなケースを追跡することにあらゆる努力がなされ、関係者には自身の取り組みに関する報告の作成を依頼した。しかし、他の案件の多忙から、調査が当初期待していたほど十分ではなく、重要な点が見落とされている可能性もある。

              1926年に空軍省は高速機(High-speed craft)に対する研究計画を延長することを決定し、6機の製造(Supermarine Aviation Worksから3機、Gloster Aircraft Companyから3機)を注文した。これら6機はすべて水冷式エンジンが搭載されていたが、のちにColonel Bristowから製作指示されMessrs. Short Bros.によって製作された機体は特製の星型の空冷エンジンを搭載していた。

              残念ながら、様々な原因による準備の遅れから同年の大会に参加することが叶わなかった。しかし、空軍省は高速機の開発をさらに進めたいと希望したため、研究は継続して行われた。1926年大会後、空軍省はR.A.Fの水上機がRoyal Aero Clubによって大会に参戦し、次年度の大会において同会を支援することを許可した。

 

報告の範囲                                                                                       

              関係機関によってさまざまな研究報告がなされ、価値を損なわれないよう、本誌の付録に記載する。分類の都合上、研究報告はそれぞれ以下の見出しで区分する:

  1. 研究
  2. 仕様・設計・及び製造
  3. 点検及び試験
  4. 運用

これらの見出しはまた本報告の範囲を示しており、順番通りにならない場合もあるが、おおよその発展の系譜を示している。

 

B)研究

本章における研究報告は大会の前後で行われたものを収録している。大会前の研究は主に機体の開発に主眼を置いたもので、大会後のものは主に製造後に浮上した特に興味深い点の調査がされている。本章の研究は主にR.A.E及びN.P.Lにおいて実施された風洞試験がもとになっている。前者(R.A.E)では機体の空力特性や冷却に関連する部位の試験が実施され、後者(N.P.L)ではDuplex tunnelにて大型の模型を使用した空力特性試験が実施された。

              N.P.Lで実施された研究の報告は4つのセクションに分けられており、それぞれS.5・GlosterⅣ・Crusaderの模型試験及び実機との比較で構成されている。それぞれの実験では複数の全体模型の実験と、置換部品単独の実験が行われた。また空力干渉や、特筆すべき現象についてなども試験された[1]

              結果からはレース用途における空冷エンジンに対する水冷エンジンの優位性がはっきりと表れたが、空冷エンジンもシリンダのカウリングによって大きく性能が向上することも分かった。いくつかのカウリングの実験の中では特筆すべき結果が得られた:(カウリングが)揚力・抵抗両方に相当干渉しているのが見られ、多くの場合で結果はカウリングと胴体の間の隙間を埋めるなどの小さな変化に敏感であった。

              空冷エンジン機の実験結果の著しい差と異なり、S.5の主要コンポーネント間における最小抵抗の干渉は比較的少ないものであった。全体模型の抵抗は個々のコンポーネントの抵抗の合計よりも5%程度しか大きくはなかった。GlosterⅣも最小抵抗に関しては干渉効果が同様に少なかったが、最大揚力に関しては異常に大きく、この差のいくつかは干渉によるものと考えられている。

              カウリングが装着されたCrusaderの模型の揚力にも興味深い特徴が見られた。通常の失速角度では若干の失速の傾向が見られたが、この角度以上では急激に揚力が上がり、迎角40°でも上がる一方だった。

              抵抗値の実験結果を平板の表面摩擦の数値との比較をすると、ほぼ全てのケースで、模型のレイノルズ数の範囲では少なかった。例外として、Crusaderのエンジンを載せた胴体ではヘルメット付きで測定したところ、表面摩擦よりも大きい抵抗値、すなわち水冷エンジン機の全体模型の抵抗値と同じオーダーのものが得られた。

              風洞実験で得られた結果は実機で得られたものと矛盾のないものと見える。

              R.A.E.(Royal Aircraft Establishment)の風洞ではS.4の模型を使用して2種類の予備実験が行われた。一つはパーツごとの相対的な抵抗に関するデータを取得するもの[2]と、主翼の低翼化の影響を調べるものであった[3]

              実験結果はS.4のものだけが求められていたが、Lamblinラジエーターを表面冷却器に変えたりするなどの、後の機体の改良の効果を示すもので興味深い。ラジエーターが全体の抵抗の1/3近くを占めていたのと、主翼位置を実機で2 ft.程度下げると全体抵抗が5%増すことが結果から得られた。

              R.A.Eでは1927年出場機体の模型を使用して4つの実験が行われた。2つはGlosterⅣのフロートについて[4]であり、1つはGlosterⅣの胴体部について[5]であり、もう1つは翼無しのCrusaderの模型の試験[6]であった。

実験結果はN.P.Lにて得られたものと類似しており、特筆すべきものはなかった。

              GlosterⅢで行われた1927年大会に向けた練習飛行では針路不安定により操縦に問題が生じていた。これの原因を究明し後の設計における問題を無くすため、R.A.Eによる数値解析[7]が行われ、模型によって安定性解析の計算の実機データ取得のための実験[8]が行われた。実施された研究では高速機のラダー操作では可変ギア比が望ましいと提唱されている。可変ギア比の操縦系統は後の高速機でいくつか搭載されており、好ましい結果が得られている。

              製造関連においてはR.A.Eにて興味深い実験が2件行われた。それぞれフロートにおけるリベットの頭の突出に関する実験[9]及びラジエーターによる翼面上のコルゲーションに関する実験[10]であった。

              前者の影響は模型上と実寸大のフロート両方で調べられた。リベット頭を模した小球付きの模型上では(実寸では100ft/sec)抵抗が2.0 lb. 程度増大することが分かり、これは実機では沈頭鋲を使用することで10 mph程度の向上につながる。一方、1つは突出したリベット頭付き、1つはリベットや外板接合面を均した2つの実寸大フロートを使用した風洞実験では表面の均しは100 ft/sec流れにおいて0.7lbの抵抗を削減できることが示された。これらの模型と実寸大試験の実験から数値の不一致はいくつかの原因が関係していると思われる。原因として、模型のリベット頭が完全に実寸大のリベットを再現していなかった点と、サイズの差によって異なる乱流条件下で試験されていた可能性がある点の2点がR.A.Eから提唱されている。

              コルゲーションに関する実験からは、翼の最小抵抗が著しく増大し、失速近辺では揚力の急落につながる可能性が示された。

              R.A.Eではラジエーターの表面からの放熱を測定する風洞実験も行われた。Supermarineの平板の表面冷却器[11]と、Glosterの波状の表面冷却器と、最適な高速機仕様のハニカムラジエータの研究[12]が行われた。放熱ロスはおおよそ乗則に従い、高速飛行時の迎角条件下ではSupermarineとGloster製でそれぞれ翼面積あたり0.9と1.1H.P.だった。上側(翼負圧面側)の方が下側よりもインシデンス角2°において12%、12°で46%程度効率が良かった。

              単位冷却表面積あたりの放熱ロスはSupermarineの方がハニカム式のものよりも若干大きく、Glosterのハニカム式よりも14%小さかったが、Glosterの波状の形状は同一翼面積に対して44%多い表面積を確保できる。Supermarineタイプは一切抵抗が増えなかったが、Glosterタイプはハニカムラジエータの20%程度の抵抗がかかった。だがSupermarineタイプよりも単位翼面積あたり20%程度大きい放熱が可能になっている。

              N.P.L.では抵抗、整流、そして基本特性の解明のため2組のS.5のフロートが水槽で試験され、それぞれの報告がなされている[13]。残念ながら、水槽の曳引車の性能限界から実機では離水速度の半分程度である80ノット相当の速度までしか実験ができなかった。結果から抵抗や基本特性は通常範囲であり、低速度域でノーズが沈む傾向も見られなかったことが分かった。空気抵抗を削減する取り組みにより浮力に余裕がないことから予想されていたが、フロートまわりの流れは乱れており、フロート間距離に限りがあるためこの影響はより強調されて現れていた。船首波が合わさることによって発生した外乱によって、いくつかの条件下で水しぶきや水塊がプロペラ回転面に到達したり、別の条件では著しい量の後流の波が機体後部に当たったりした。

              FelixstoweのMarine Aircraft Experimental Establishmentではプロペラ問題関連の実寸大の実験が行われた。静止スラストの計測や離水条件下でのプロペラの相対的メリットの研究はFairey Reed社で行われ[14]、R.A.E.にてプロペラが設計・製作され、Gloster Ⅲ.Bが実験に使用された。新しい実験手法が用いられ、詳細は参考文献の報告書に記載されている。より高いプロペラ効率の設計の追求に関する報告が4件行われ、Gloster Ⅲ.Aが用いられた[15]

実験は以下の目的で行われた:

  • 将来的な高速水上機のプロペラの設計用のデータ収集
  • チップ周速が高いプロペラの基礎的なデータ収集

実験は高速飛行隊の練習飛行時に行われたが、他の実験や研究の多忙により本計画の規模を削減せざるを得なかった。

 

              エンジン開発に着目した研究ではエンジンの往復及び回転部品の質量削減に伴うエンジン回転数上昇の上限を検討している[16]

              研究から、同一の平均エンジン負荷及び面圧係数の条件だと50%の重量削減は20%(Mitchellタイプを使用すると41%)のエンジン回転数の上昇につながることが分かった。しかし、この回転数の上昇はピストンや気体のスピードを過剰にさせてしまい、効率や信頼性の低下につながると考えられた。さらなる研究からは20%の重量削減は12%の回転数と出力の向上につながる可能性が判明した。

 

C)仕様・設計・及び製造

本章は主に機体やエンジンの設計者や製造者による報告書から成る。これにS.5の仕様[17]も加えられている。

              他の機体やエンジンの仕様は該当するものに合わせるために複数単語で変更があったことを除いて同一であった。例えば、“Crusader”の機体の詳報に記載されているBristol Mercuryエンジンの仕様は:

              エンジン重量(乾燥・ブロワー付き)            -630 lb.

              B.H.P @ 2500 rpm                                             ―800

であったが、それ以外は記載されているものは供試体とほぼ同じであった。

              優勝マシンであるS.5の設計・製作に関する報告[18]には多くの興味深い特徴が挙げられている。

              重量削減に関して、著者はS.5の翼支持形式はS.4の片持ち形式よりもずっと軽い構造重量であると述べており、全体重量の45%を占めていたのに対してわずか36%にまで低下していた。また複葉機形式だと重量削減の効果が今後は見込めず、また抵抗の増大につながると結論付けられた。

              この重量削減は大幅な抵抗削減につながり、翼サイズ・フロートサイズ・胴体長さの削減につながった。この抵抗削減はほとんど各部品の前方投影面積の削減によるものだった。

              同報告のTable Ⅲでは複数種類の冷却器の抵抗に関する興味深い比較がなされており、S.5の形式の効率の優位性が一目でわかる。

              フロートの水上特性に関して、風洞で良い結果を残していた形状の模型が水上試験では比較的性能が劣ったものがあったため、水上試験の際に形状変更が行われた。報告からはどの形状も望ましい結果が得られなかったように書かれているが、最終的には比較的満足のできる妥協点に到達できた。左舷側のよりも大きく作られ、胴体中心からより離れた位置に置かれた右舷側のフロートにすべての燃料を搭載した珍しい形式は、水上特性に悪い影響を及ぼさなかった。

              報告の残りではS.5の、S.4からの改良に関して説明しており、主な改良は:

              (a)胴体に対する主翼位置の低下

              (b)フロート・主翼・胴体間のワイヤー支柱の取り入れ

              (c)断面積を削減した胴体とフロート

              (d)Lamblin製ラジエーターに代わる翼表面冷却器の搭載

              (e)より高出力で、より高いプロペラ効率を実現するギア比のエンジンの搭載

であった。(a)の効果は機体の抵抗を若干増やすことになるが、パイロットの視界改善につながるため許容された。(b)の改良は5 mph程度のスピード向上につながったと考えられている。また(c)の改良は11 mph程度のスピード向上につながり、抵抗削減は4 mph程度の向上につながったと考えられている。(d)や(e)のような重要な特徴は大幅な性能向上につながると考えられ、実際に(d)は24 mph程度、(e)は30 mph程度のスピード向上につながった。報告の最後では10%のエンジン軸出力向上のパーツ重量と抵抗値への影響をまとめた興味深い表が与えられている。それによると合計重量が4.5%近く増加し、100 ft/secにおいて抵抗値が3%程度増加するとのことだ。つまり機体速度は2%程度、または7 mph程度向上することになる。

              S.5の製造方法に関して多くの興味深く・新規性のある特徴が挙げられる。胴体はジュラルミンからできたモノコックに4メンバーのみの縦フレームとそれに対応する横フレームの軽量骨格が加わった形式である。フィンのフレーム構造に関しては鋲打ちに妥当性を持たすため非常に工夫が求められた。

              フロートはジュラルミンと鋼鉄からできた軽量構造で、機体からの支柱の取り付け2か所に重フレームが組み込まれている。燃料搭載の観点から、右舷のフロートが左舷よりも若干長く作られており、中央部分に錫メッキ鋼製の燃料タンクが構成されています。

              主翼には木製の主桁2本のオーソドックスな形式が取り入れられ、尾翼・ラダー・エレベーターは桁と小骨を合板で覆った従来の形式になっている。

              翼表面冷却器は本機体の新しい特徴となっており、これは波板と平板が接する点で両者をはんだ付けで合わせてできている。後者(平板)の外側が翼表面の一部を構成しており、平板と波板との隙間が水の流路になっている。ほぼ円形の水道管が翼の前縁と後縁にはんだ付けされ水の出入り口となっており、冷却機本体は冷却器同士の継ぎ目のハトメを通じて翼にねじ止めされている。

              Gloster Ⅳの報告[19]では本機体がGloster Ⅲからどのように改良されたのか説明されている。正面抵抗が40%程度削減できたと考えられており、推測によると合計で70 mph程度の(最高)速度が向上されたとされている。速度向上につながった4つの要因は以下の通り:

              (1)正面抵抗の削減                                           -37 mph

              (2)エンジン出力の向上                                    -20 mph

              (3)プロペラ効率の改善                                    -9 mph

              (4)着陸速度の向上                                           -4 mph

この結果から速度向上の半分以上は正面抵抗の削減によるものだとわかる。またプロペラ効率の改善による9 mphの向上も、既にGloster Ⅲで高い効率であったのに更に10%程度の効率改善を実現したという観点から特筆すべき進歩である。また着陸速度の10 mphの向上が最高速度に4 mph程度しか貢献しなかったのも興味深い。

              設計及び製造の詳細に関して興味深い報告がされている。翼や尾部の覆いは織物ではなく層状に貼り合わせたトウヒ材を使用しており、これが全体構造の強度に大幅に貢献している。同じ手法は胴体の製造時にも取り入れられており、曲げ応力やねじり応力はすべて翼・胴体・尾翼取り付け部の隔壁で適度に補強された外殻で持つようになっていました。翼表面冷却器やオイルクーラの製造方法も説明されており、多くの興味深い特徴があります。

              CrusaderはW. G. Carter氏によって設計[20]され、RochesterのMessrs. Short Bros.社によって製造されました。Carter氏は報告で、スパークプラグがエンジン出力を制限してしまったと述べており、またこのため本来なら800 B.H.Pの代わりに960 B.H.Pの出力が得られたはずだと記している。

              空冷エンジンの主な利点として水冷エンジンと比べて作りが軽いことが挙げられる。およそ12%の重量削減が得られ、6 mphの最高速向上に匹敵した。しかし胴体の空力抵抗が非常に高く、S.5の機体全体の抵抗と匹敵するほどであった。これはシリンダヘッド周りのカウリングの取り付けや、タウンエンド・リングを装着することによって間違いなく削減することができたはずである。前者の模型実験では290 mphの最高速度が実現可能であったことが示された。

              Carter氏はフロートの水槽試験と風洞試験の両方において、模型と実寸大の実験結果の間に良い一致が得られたと記しています。

              機体の飛行試験では燃料ミクスチャの不安定性によるチョークのトラブルが多く発生した。

              Messrs. Short Bros.による製造報告書[21]によると、主翼には従来通りの製造法方が取り入れられたことがうかがえるが、外板には厚さ1mmの3層マホガニー材に前縁から後部翼桁まで絹で覆い、残りの表面は布で覆われた。動翼・尾翼・フィンも同様に3層に絹の外皮で製造された。胴体は二つの部分で分かれて製造されている点で斬新であった:エンジン部分からコックピット前までの前方セクションは鋼管構造になっており、一方で後方セクションは4本のロンジロンに保持された円形のトウヒ材からなるモノコック構造であった。外板は2層のマホガニー材の斜め板張りに、層の間にニス塗りのリネンを加えられ、表面は絹で覆われた。新しいエンジンカウリングの形状は独特なデザインを構成しており、こちらも報告で説明されている。またMessrs. Short Bros.の水槽で開発されたフロートに関しても注目に値する。このフロートは非常に優れた水上特性を有しており、浮力にも余裕があり、空気抵抗が非常に少なかった。

              Messrs. D. Napier & Son, Ltd製のNapier Lion Series Ⅶ B及びBristol Aeroplane Co., Ltd製のMercuryの、使用された2つのエンジンに関しても報告[22][23]が添付されている。

              Napierエンジンは1925年のシュナイダートロフィーレースに使用されたものの改良版であった。出力の向上に加え、前方投影面積が大幅に削減され補機類がよりコンパクトな配置になった。前方投影面積の影響はSeries Ⅴ、Ⅶ、Ⅶ Bエンジンの前方投影図をそれぞれ示しているFig. 1から3までを比較するとわかる。Series Ⅶ.Bではコンロッド長さを1 in.縮め、ピストンピンからピストン頂の距離及び圧縮比上昇に伴うピストンからシリンダ頂までの距離を短縮することでシリンダブロックの高さを削減している。これに加えてカムシャフトの軸位置を低めたことでエンジン全高を2 in.削減した。最初のエンジンが納入された後、エンジンとプロペラ間に減速機を搭載することが決定された。導入されたのは副軸が一つのみの2段減速機で、副軸が中央のシリンダブロックの間に収まるように配置された。通常のSeries Ⅺエンジンの前方投影面積は5.55 sq. ft.だったのに対し、このエンジンの前方投影面積は4.25 sq. ft.であった。

              エンジン回転数と圧縮比の上昇は点火系、とりわけ点火プラグの負担増大という興味深い発見があった。高圧と高温の燃焼ガスにより、点火プラグやその他ガスと接する部品などの様々なコンポーネントに特に高いレベルの接合・組み立てが求められた。

              燃料の選定についても難しさがあった。ベンゾール含有量が高い燃料はエンジンのアイドリング時に点火プラグに多量のカーボンを付着させてしまうことが分かり、高濃度のテトラエチル鉛を含む添加剤はアイドリング時に亜鉛を放出する傾向があった。最終的に選定された燃料は25%ベンゾール、74.78%ガソリン、0.22%添加剤で妥協された。エンジンの写真や図は報告のFig. 4~10で紹介されている。

              Bristol Mercuryエンジンにはスーパーチャージャが搭載されていたという点で同エンジンの報告は特に興味深い。エンジン本体はある意味ではBristol Jupiterと似ていたが、Mercuryエンジンは全く新しい設計のエンジンであった。大径の星型空冷エンジンは高速専用機に関しては事実上開発の限界を迎えていたとBristol社は考えた。この新型エンジンはJupiterエンジンに似たような形状で設計されたが、あらゆる部品が重量削減・小型化・効率改善の観点から再検討された。Jupiterエンジンと比較してMercuryエンジン設計の際に変更が行われた点は以下の通りであった:

  • ストロークを5 in.から6.5 in.に変更
  • 新しいシリンダ構造
  • クランクシャフトのノーズを5 in.延長
  • ピストンピンと副コンロッドピンのサイズ増し
  • 鋳造ピストンからY合金の落とし鍛造ピストンに変更
  • Bristol SpiralディストリビューターとTriplexキャブレターをギア駆動の過給機に変更
  • 全径を53 in.から6 in.に削減

              スーパーチャージャの必要駆動力を削減し、最大マニホールド圧を850 lb. / sq. in.以下に設定した後、2500 rpmにおいて気筒あたり90 bhpの出力を目標に一気筒のみのユニットで試験が行われた。開発から最大出力94 bhp、最大圧力840 lb. / sq. in.が達成された。圧縮比を5.2:1から7.2:1までの間で変更したときの効果も比較され、6.25:1が最も望ましい結果となった。 スパークプラグ選定に関しては難航したが、K.L.G. “C.B.”及び “B.Z.372”が最も適したものとして見つかった。

              実機のエンジン実験ではマグネシウムの落とし鍛造クランクケースのスタッドボルトのゆるみや表面の摩耗などの問題が見られた。このため、クランクケースはアルミニウムの落とし鍛造クランクケースに変更せざるを得なくなり、エンジン重量増加につながった。490 bhpを記録した受入テストを経た後、エンジンをリビルドし、6.25 lb.ブースト・1L当たり11 ccのテトラエチル鉛の添加剤が加われた80/20航空燃料に105 mmチョークを使用した条件で再び出力試験が行われた。設計計画をはるかに超えた出力が得られることが分かった。

 

D)点検及び試験

Royal Aircraft Establishmentから試験に関するいくつかの報告が得られた。

              機体の試験は新たな問題が発生したときのみ行った。したがって、新設計の全金属製のS.5モノコックは耐力試験の実施が望ましかった。試験は二つ行われた:最初の試験はエンジンによって胴体前部に加わる荷重と水平尾翼によって下方へ加わる荷重を模擬しており、二つ目の試験はラダーと垂直尾翼によって胴体後部に加わる横方向の荷重を模擬していた[24]。両試験においても最大荷重でのたわみ量は過剰でなく、どのパーツも弾性限界を迎えた形跡は確認されなかった。また試験後の残留たわみも小さかった。

              Crusaderに関しては、マホガニー材とカバノキ材でできたモノコックの供試体2つの圧縮強度を求めることが必要であった[25]。偏心載荷した圧縮強度試験では前者よりも後者の破壊荷重が低かった。両方のケースとも、高応力がかかっている2本のロンジロンのうち1本で圧縮破壊が起こったことで破壊が発生したとみられた。またカバノキ材でできた供試体の方はマホガニー材のものよりも載荷時に不安定であったのがはっきりと観察された。これはカバノキ材の供試体はより小さい縦通材だったためと考えられた。

              Gloster Ⅳでは、フロートの静安定性試験[26]が行われた。

この試験によるとGloster Ⅳのフロートの縦方向の安定性は良好であったが、横方向の安定性は小さかった。しかし、これはフロート間距離を伸ばすことで解決できる可能性がある。

 

E)運用

本章では機体の飛行や動作に直接関係する開発を収録している。

              最初の報告はS.5の高迎角時の飛行に関するものである[27]。着水速度とその際のインシデンス角で計測が行われた結果、最大インシデンス角度は約12.6°であり、R.A.F. 30翼の高揚力を十分に活かしきれていないことが判明した。最終的にはR.A.F.30翼と着水速度は変わらないまま最小抗力がより小さいM.2翼の方が高速機により適していると結論付けられた。

              二つ目の報告は高速飛行中の“コーナリング”を議論している[28]。最適なコーナリング方法とコーナーを旋回する時間を各ケースで計算する幅広い解析が行われた。よりタイトなコーナリングの方が緩い旋回よりも良いことが分かったが、同時に主翼にかかる力が機体重量の5倍以上かかる旋回に関しては利点が懐疑的であった。検討された最適な周回平均スピードは(シュナイダートロフィーレースにおいては)最高速度から3%低い速度だった。すなわち、284 mph(優勝マシンの記録)の平均速度で周回可能な機体は最高速度292 mph程度以上が望ましいということだ。報告書の結果はR. & M. 1299と矛盾しない。

              No. F/A/51Aで報告されている速度試験[29]では減速機無しエンジンにFairey ReedプロペラF.R.183を搭載したS.5 No. N.219を使用していた。

              プロペラも含めてこれと同じ機体は大会本番にWorsley空軍大尉に操縦され平均速度273 mphを記録しており、コーナリングで3.5%のロスが発生していた計算になる。

              減速機付きのS.5は最高速度が295 mphあり、平均284 mphで周回していた。すなわち、コーナリングでのロスは同じく3.5%ということになる。

              つまり、得られた実機データは先の理論計算(R. & M. 1281) の結果を裏付けるものとみられる。

              付録の最後の報告は“高速飛行小隊の試験飛行の取り組み、及び大会そのものについて記録している[30]

報告でも認めているが、最初の部分は得られたデータが詳細な分析を行うのに十分な精度ではなかったという点でコメントの余地は少ない。最も興味深かった内容はオイルの冷却を助けるために機体胴体に大型のルーバー窓を設ける必要があった点だが、速度計の読み(最高速度)への影響は僅かなものであった。他にも特筆すべき点は優勝気体の最高速度は大会仕様のプロペラを使用して295 mphであった点であり、これはコーナリングの計算での結論に合致している。

              報告の最後ではSupermarine Aviation Worksの監督下でカルショットにて行われた、S.5の試験飛行の結果の表が与えられている(Tab.7)。このデータはCoombes氏が報告していた内容を補完する手助けとなるだろう。

              報告の第二部ではベネチアで開催された実際の大会、13.86 km(8.62 mi)、11.4 km(7.08 mi.)、14.74 km(15.35 mi)の長さの三角周回コースについて説明している。

              3組の記録員の間には計測時間に齟齬が見られ、どんな周回でも15秒以上、すなわち3%程度の誤差があった。これは最高速度300 mphの機体では1周当たり10 mph程度のずれを意味するが、周回飛行全体ではこの誤差は0.36%、実質1 mph程度まで下がった。一周目の計測誤差は非常に大きく、記録によってはDi Benardi少佐のスピードがWebster空軍少尉よりも低かったり、別の記録では高かったりした。これらのずれは距離31 mi.の周回コースで起こったことを踏まえると、短いコースにおける速度計測は誤差の影響を受けやすいことがわかる。

              興味深いことに、高度が変わらない一定バンク角[31]のイギリスチームの旋回方法が、旋回時に速度を犠牲に高度を確保し、直線でダイブするイタリアチームの旋回方法よりも優れていた。

              旋回におけるS.5の速度計の記録は299 mphから285 mph、4.7%の低下を示した。ターンの終わりのスピードが周回の平均速度よりも若干速かったというのは驚きであるが、位置誤差などによる補正が必要であったり、計器の著しい応答遅れが存在したりする可能性がある。しかし、報告書における他の記録にも位置誤差などの言及がなかった。

              各報告書の結論を総合的に見てみると、まとまった設計(Clean design)の重要性を示しており、リベット頭や鉄板の重ね継ぎなどの突出物は高速機における大幅な抵抗値の増加につながることがわかる。“高速飛行隊”の取り組みからは水冷エンジンの単葉機と複葉機の性能差は僅かであるが、複葉機の方はパイロットの視界が比較的悪く、その点で分が悪いことが示されている。プロペラの減速機付きと直結駆動の相対的な利点に関しては、取得できた限られたデータからは前者に明確な優位性があるとみられる。これは直結駆動プロペラの高い先端速度による空気の圧縮性の影響によるものだと思われる。

 

 

[1] R.&M. 1296-1299- Tests on models of high speed seaplanes for the Schneider Trophy Contest of 1927.- W. L. Cowley, A. R. C. Sc., D.I.C., and R. Warden, Ph.D., M.Eng.

[2] Royal Aircraft Establishment Report No. B.A.550- Test of model of Supermarine S.4 seaplane

[3] Royal Aircraft Establishment Report No. B.A.550- Model tests on Supermarine S.4 seaplane. Effect of lowering ring. – R.G. Harris, D.Sc., and L.E. Caygill, B.Sc.

[4] Royal Aircraft Establishment Report No. B.A.601. Wind Tunnel test of a Gloster Ⅳ float – A.S. Hartshorn, B.Sc., and R.A.E Report No.B.A.610- Wind tunnel test of a modified Gloster Ⅳ float. -H. Davies, B.A.

[5] R.A.E. Report No. B.A. 651- Tests on Gloster Ⅳ.B fuselage- H. Davies, B.A.

[6] R.A.E. Report No. B.A. 604- Wind tunnel test on model of “Crusader”-F.B. Bradfield, Math. And Nat. Sci. Triposes, and H. Davies, B.A.

[7] R.A.E. Report No. B.A.684- The lateral stability of the Gloster Ⅲ.B seaplane with controls fixed and with directional control- E.T. Jones, M.Eng.

[8] R.A.E. Report No. B.A.668-Test of a model of a Gloster High-speed seaplane. - A.S. Hartshorn, B.Sc.

[9] R.A.E. Report No. B.A.784-Wind tunnel test of the increased drag of a 1/4 scale float on adding rivets. -F.B. Bradfield, Math. and Nat. Sci. Triposes and F.W.G. Greener, B.Sc., and R.A.E. Report No. B.A.814-Drag tests on full scale float of S.5- F.B. Bradfield Math. and Nat. Sci. Triposes and R. A. Fairthorne

[10] R.A.E. Report No. B.A.578-The effect on lift and drag of corrugating the surface of an aerofoil. -F.B. Bradfield, Math. and Nat. Sci. Triposes

[11] R.A.E. ref. 70/BA/5/R.55. Advance results of wind tunnel tests on Supermarine wing radiator.

[12] R. & M. 1311. Wind tunnel tests on Gloster and Supermarine wing radiators. -R.G. Harris, M.A., D.Sc., F.R.S.E., L. E. Caygill, B.Sc., A.M.I.M.E., and R.A. Fairthorne

[13] Reports on Tank experiments with model of seaplane float. Test with the S.5 duralumin float.

[14] M.A.E.E. Report No. F/A/56. – Static thrust tests of two airscrews on Gloster Ⅲ.B No.195

[15] A.E.E. Reports No. F/A/27, F/A/27A, F/A/27B, F/A/27C. Tests of experimental airscrews on “Gloster” Ⅲ.A

[16] R.A.E. Report No. E.3035.- Investigation into the increase in permissible engine speed consequent upon a reduction in the weight of the reciprocating and rotating masses. – Captain Andrew Swan.

[17] Specification No.6/26 Ref. No. 675379/26/R.D.I.F. Supermarine S.5.

[18] Design of the S.5. – R.J. Mitchell, A. F. R. Ae. S

[19] Notes on design and construction of Gloster Ⅳ. – H.E. Preston, M. I. Ae. E.

[20] Notes and comments on the design of the “Crusader”-W. G. Carter

[21] “Crusader” aircraft. Constructional report. – C.P. Lipscomb

[22] Napier Lion series Ⅶ.B engine for 1927 Schneider Trophy- G. S. Wilkinson

[23] A memorandum on the design and development of the Bristol Mercury 1927 Schneider Trophy racing engine- A. H. R. Fedden

[24] R.A.E Report M.T. 5292. Supermarine S.5 fuselage. Proof load tests.

[25] R.A.E. Report M.T. 4700. Test of sections of fuselage of Short “Crusader”

[26] M.A.E.E. Felixstowe Report No. F/A/48. Static stability tests on Gloster Ⅳ floats.

[27] R.A.E. Report B.A. 793. Measurements of incidence and speed of the S.5 seaplane on alighting. -E. T. Jones, M. Eng.

[28] R & M. 1281.- “Cornering” at high speeds. – W. G. Jennings, B.Sc.

[29] Felixstowe report No. F/A/51a. Speed course test of Supermarine S.5.

[30] M.A.E.E. Felixstowe report No. F/A/68. Notes on the Schneider Cup Race of 1927.- L. P. Coombes, B.Sc., A.C.G.I.

[31] Appendix E.4に述べられているバンク角50°というのは旋回点からかなり離れた地点から目視で測った角度である。

 

 

次回、「Flight 1932年4月1月号より、Orlebar空軍中佐による高速飛行に関する発表」